女も肉体も金もじぶんで調達すべし

誰もじぶんの面倒などみてくれない

大人になると、じぶんの面倒は自分でみなければならない。至極当然のことである。

 

タイトルに「女も肉体も」とつけているように、これらは当然じぶんで努力して仕入れなければならないものである。

 

学生時代には、クラスがあって、部活(サークル)があって、必然的に新しい出会いの場が用意されていたかもしれない。だけど大人になったらじぶんで開拓し調達していくしかない。当然である。

 

健康もまたしかり。一人暮らしをはじめれば、毎日三食を用意するのはじぶんである。

ここに至って、ようやく母親のありがたみが身にしみてわかるというものだ。

 

国(および公的機関)によるセーフティーネットも先細りになることを覚悟せよ

 

では、金(カネ)はどうだろうか?

 

基本的にはじぶんで働いて稼ぐしかないわけだが、社会にはさまざまなセーフティーネットが用意されていることも確かである。

 

年金しかり、生活保護しかり、各種保険しかりである。

 

だが、これらの公的セーフティネットも長い目で見れば先細りしていくと思われる。

もうわが日本国には1億2000万人を恒常的に豊かに食わせていく力はないのかもしれない。

 

2014年にはNISA(少額投資非課税制度)がはじまり、ふるさと納税がはじまり、今年からはiDeCo(個人型確定拠出年金)がスタートした。そして、来年からは積立NISAがはじまる予定である。

 

「税の負担を軽くしてやるから、おまえらじぶんの老後資金はじぶんでどうにかせえよ」というお上からのお達しなのである、と捉えたい。

 

これまで、自分自身ではリスクを取ることを放棄し、国にアウトソーシングしていた積立投資を、これからはじぶんで考えて工夫して運用していきなさいということである。

 

 

義務ではない、自己申告制

先に述べた、あたらしい制度たちは、これまでの国民年金と違い加入が義務化されているわけではない。

 

ゆえに、これまでじぶんの頭で考えてじぶんでリスクを取ることに消極的だったひとは、このままではどんどん貧しくなってゆくだろう。

 

ようするにこれまでどおりリスクを他人に取らせ、資産運用を外注することしか知らない無責任な人間は食いっぱぐれる世の中になっていく。

 

「年金に一年間に20万を突っ込むくらいだったら、自分で運用したほうがマシだ」くらいの気概が、これからの時代に求められている。

 

 

そんな世界を息苦しいと思うだろうか?

あるいはじぶんの裁量でやれることが増えることにワクワクしているだろうか?

 

この考え方のちがいが、勝負の分かれ目である。

 

じぶんでじぶんをデザインできる快感

私事であるが、ぼくは今年の春から一人暮らしをはじめた。最初は食事を用意するのが大変で大変で仕方がなかった。これまでじぶんを食べさせてくれた方々に本当に感謝の気もちでいっぱいだった。

 

だが、しばらくしてみると、じぶんで食事を用意することが楽しくなってきた。じぶんの肉体はじぶんが食べたものでできている。ならば、食事を考えるということはじぶんの肉体をデザインするということであり、じぶんの健康をデザインするということである。むしろ、それをいままで20数年間他人に任せっきりにしていたのが不思議なくらいである。

 

 

恋愛もカネも同様である。

付き合うひと、携わる仕事、これらをデザインする裁量が増えていくということは喜ばしいことではないだろうか。これを嫌だと思う人は、言ってしまえばこれまでじぶんの人生の設計を他人任せにしてきた無責任者でしかないと思う。

 

とはいえ、ぼくもまだまだ典型的非モテの一人にすぎない。

今年の目標は筋トレと、経済的基盤の確立である。筋トレに関してはわずかながら一定の成果が見られてきており、軌道に乗ってきたところである。だが、金と女に関してはいまだこれといった挑戦もなければ、実績もない。ブログにおいて目標宣言ばかりしていては、夢が遠のくと考えているので、金と女の話はまだしない。

 

それなりの実績が出てきたとき、ブログにて報告する日が楽しみでならない。